

さて、どんな本を読んで来たのか?を思い出すと、次々にいろいろと記憶がよみがり、小学生時代の江戸川乱歩やらハインラインなどの海外SFのことなども書かねばと思うが、キリがないので、そこらへんは飛ばして中学へいく。中学時代もいろいろと話はあるが、ここはひとつまとめて「古代史」と「民俗学」だろう。
ってことで、まっさきに思い出すのは、
「日本の妖怪」早川純夫 大陸書房
出た。大陸書房。いまも存在するのかど〜か知らないが、ムー大陸とか超能力、地球空洞説とかUFOの本ばっか?出してたとこだ。白い背表紙で統一した装丁が私は非常に気に入っていた。太古に宇宙人が飛来して文明をつくった系の話が非常に好きで、このシリーズはたくさん持っていたのだ…。が、その中でこの本は別格で、私にとっては、はじめての「本当の学問の本」って感じだった。つまり言っては大陸書房に悪いが、大陸書房らしくなく、うさんくささがまったくないのだ(笑)。
水木ファンから「日本の妖怪」という連想はストレートで、たぶんこの本は小学生のころに読んでいる。
今日であれば、妖怪についてのまじめな研究本は腐るほどあるが、それは京極夏彦と荒俣宏、そして学者としては小松和彦などのサポートもあって、妖怪についての思考は文化人類学であり、ひいては哲学であるというような考えが普通に受け入れられるようになったということだろう。
しかし、当時において、すでにこの本は妖怪を「文化」という観点からとらえていて、私にとっては衝撃であった。文化人類学も民俗学も知らないころのことである。この本が面白いのは、古代から江戸、近代にいたるまでの妖怪の変遷を、歴史の中での社会体制や人間のありようと関係づけながら、壮大な叙事詩のように語って行くという点だ。単に「民俗学」という学問的な立場からの記述ではなく、しかも、単純な怪奇本に流れない。忘れもしないのは、この著者が、この本の中で、人が「怪異」をどのようにとらえていくかという観点から、江戸時代について語っていたことだ。江戸時代というのは、ある意味、妖怪がたくさん作られたから「妖怪の全盛期」と捉えられがちだけれども、妖怪とは実は「怪異のパロディ」であり、「怪異という闇の消滅」でもある、というような捉え方をしていたのだが、これ、最近の京極が小説の中で語っている妖怪観に非常に近いのだ。京極さんも少年時代にこの本を読んでたんじゃなかろ〜か。
なかなかこの本はネットでひっかからないのだが、
太田書店という古本屋サイトで一冊800円なりで販売してました…。
http://www.books-ohta.com/list/7a.html
ちょっと安すぎるんじゃないでしょうか。
それが民俗学的な考えの出発点とすると、あとは非常に歯がゆくなってくる。中学では文化祭で、クラス総動員で「民話」のテーマパークみたいな催しを作って、非常にウケた記憶があるが、そのメインの出し物が民話の紙芝居だった。この脚本を書くために、はじめて柳田国男を読んだのだから、なんか順番が逆ではある。ここに至っても、まだ自分の住むところから遠野まで車で一時間ほどしかないということを知らないでいた私であった。
さて、それはさておき、もう一方の私の関心として、古代史というものがある。これもまた大陸書房の本にいろいろ触発されていたのだが(キリストは日本で死んだ、等の話…)、いまでも自分の思考の中心に残っていると思われるのが2冊ある。
ひとつは『銅鐸の謎』というやつでカッパブックスの本。
いまネットで調べてみると、大羽弘道という人の本で、この人はこの本の翌年に「邪馬台国は沈んだ」という本も出していて、これも俺は読んだ。小松左京の沈没ブームにのったかのような表題だが、なにげにネットで調べると邪馬台国=宇佐説で、推理作家の高木涁光や井沢元彦氏もこの説なんだそうだ。
それはさておき、銅鐸の謎、なにが面白いかというと、たぶん誰でも知ってるあの銅鐸に書かれた象形文字みたいな絵を「暗号」として解読するという意外性にまず驚き。それだけではなく、この絵文字?が、そもそも漢字が伝来する以前の日本の本来の「文字」だったのだと主張していた(くわしいことは忘れたが)。
しかしその暗号解読、いまだに忘れることができない。まずトンボの絵。これをトンボ=アキツ、すなわち秋津の国、大和地方だと場所を示す文字だとする(秋津、大和でググると神武天皇の故事により大和地方を秋津と呼んだという記述が見つかります)。そして有名なのが狩りをしている絵。これ、鹿を弓矢で討とうとしている絵。それをなんとこの人、射る鹿=イルカ=入鹿、すなわち蘇我入鹿と読んでしまうのだ!!! なんていうことでしょうか。銅鐸といったら、そういう歴史的な人物が登場するはるか以前の弥生時代のもの、とするのが普通であるところに、突然、蘇我氏ですからね。蘇我入鹿が暗殺された大化の改新が645年。キリスト教やローマ帝国の歴史なんかから考えると、すっごい最近という感じがする。それはともかく、銅鐸に蘇我氏が登場となると、それだけで違和感がある。が、この著者、さらに話が飛んで行き、つぎに描かれている穀倉らしきたてものを「タカミクラ」、すなわち「天皇」と読む。すなわち、これは秋津の国で、蘇我入鹿が天皇になった、ということを書いているのであって、それを国民?に知らしめるための立て札みたいなもんだというわけなのだ。びっくりですね〜。
蘇我氏が天皇、…それがどういう意味を持つのか。当時はよく分かっていなかったと思うが、その後、古代史を調べてみると、蘇我氏が天皇といわないまでも日本にいくつかあった「王朝」のうちの一つの「王家」であったことは間違いないようだ。はじめから天皇と豪族という分類があって、主従のような関係があったというより、日本がまだバラバラで、いくつかの共同体が接触し、争いながら集合していったところで一つの「くに」という形になっていったと考える方がうがってもいるだろう。いまウィキペディアで「大化の改新」を見ると、たしかに蘇我氏は九州王朝の王であった説もあることが書かれている。その後、いろいろと読んで行くと、出雲王朝という存在も浮かび上がって来て、いろいろと面白い。坂口安吾の「歴史探偵もの」などもその系譜につながっている。その辺語り出せばキリがないが、そんな関心をもった最初の一撃がこの本であった。
長くなってしまったが、もう一個、これも謎の書『いろは歌の謎』しかもカッパブックス。
これはネットにもいろいろと書き込みがあり、なんと著者篠原央憲氏が自ら「新版」なるものを出している(1986)。
さて、この本、内容を知ってる人もいると思うが、いろは歌は柿本人麻呂の作によるものであり、そこには暗号が埋め込まれているというもの。いろはにほへと…を七文字×七文字の正方形状にならべると、一番下の文字が「とかなくてしす」となる。とか=咎であり、要するに「無実の罪で死ぬ(殺される)」となる。柿本人麻呂が無実の罪により殺される前の獄中でこの「いろは歌」を作ったとするのがこの本。この説が有名なのは、さっきも名前の出た井沢元彦氏がデビュー作「猿丸幻視行」で、この暗号をそのまんま紹介してしまってるからだが、けっこうこの著者は井沢氏に不快感をもってるらしい。ちなみに「とかなくてしす」は江戸時代から実は広く知られていて、その証拠に歌舞伎(人形所瑠璃)の『仮名手本忠臣蔵』がある。仮名手本とは「いろは歌」のことで、赤穂浪士が四十七士であるのといろは四十七文字をかけあわせただけではなく、いろは歌に隠された「とがなくてしす」を赤穂浪士にもひっかけて幕府を批判しているのだといわれているそうな…。そういう古くからわかっていた「暗号」と柿本人麻呂を結びつけたところにこの本の新しい視点があるらしいのだが、こっちとしてはそもそも「とがなくてしす」なんて知らないから、その不気味な響きとともに、古代ロマンにひかれていったという次第。
ところで柿本人麻呂が罪人として処刑されたという説は、哲学者の梅原猛氏が『水底の歌』で主張している。かなり後になってその本を読んだ私は、これは子供のころ読んだ「いろは歌の謎」のパクリではないか〜?と思ったが、なんとこの「いろは歌の謎」は1976の出版で、梅原の『水底の歌』は1973年(新潮社)なので、これを書いた時点で梅原のセンセーショナルな説はこの著者も知るところだったということだろう。というか、この本で梅原説も触れているのだろうが、こっちは知らないので、気付かなかったのだろう。ちなみに井沢氏の「猿丸…」は、梅原氏が柿本人麻呂が罪人となったところで「人」という名前を剥奪されて「サル」にされてしまったという説(日本書紀に柿本サルという名が有る)をとなえているのに依っているのだろう。
そんなわけで、古代史への興味をかきたてられつつ、私は松本清張の古代史ものに惹かれて行くようになるのだが…その後、清張作品はほぼ全部読むほどにハマって行き、「日本の黒い霧」や「昭和史発掘」などから次第に「政治的」なものに目覚めて行く私なのであった。
2006年08月12日 04:03 by hirumas | コメント (3) | トラックバック (0)
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暗号解読で、思い出しました。なんか、額田の大王の本を読んだ記憶有り。
2006年08月14日 18:24 by KAO
それはあれだな、古代日本語は韓国語だっつう…。
2006年08月14日 18:25 by ひるます
「額田王の暗号」藤村由加 著でしたね〜。
検索かけてみたら、イメージが文庫本のものしかなくて、私の中での記憶イメージと違うので、たぶん、単行本バージョンを読んだのでしょう。なんか、女子の後ろ姿のイラストがカバーだった気がします。
ひるます氏のいう、韓国語の話は覚えてないのですが、この著者がまた、すごい人たちだったのですね〜。
知らなかった〜
2006年08月15日 13:39 by KAO