ユニカイエ

さしちと語る、ヘドウィグ・恋・愛そして人生の巻

ひるますHOTLINE第10回。いよいよ今回はこのコーナーの当初の目的であった「対談」をお届けすることができました。対談のお相手は、ユニ関係者には御存じ、インディーズバンドのミュージシャンにして、IOBとしてアートも発表する多才な「さしち」さん。
 ひるますとは知る人は知る長いおつきあい?。
 今回は話題のロックミュージカル「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」 (映画でも有名)をネタに、恋、愛、家族、人生について、どっぷりと1時間半にわたって対話しました。
 ちと長いのだが、じっくりと味わってお楽しみください〜。

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白熱の対談風景(ユニ事務所にて)


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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ
監督・主演、ジョン・キャメロン・ミッチェル。オフ・ブロードウェイで大ヒットしたミュージカルの映画化。2001年アメリカ。


ひるます:このところ、バンド活動などが盛んですが。
さしち:バンド活動は30を過ぎてから一気に激しく、ライブ活動を積極的にやってまして、このまえ一個終わらせて(69er's)、いま一つ決まっていて(イベント「レディスターダスト」)、あと二つ決まりそうで…。やたらバンド関係の知り合いが増えたり、話が知らない間に大きくなったり、と割りと盛んに活動してますね。今はバンド二つかけもちで、さらに友達に一緒にやらない?と声かけられたり、ひっぱりだこの状態です。
ひるます:そんなさしちさんですが、最近、ヘドウィグに凝ってらっしゃるという…。
さしち:凝ってるというか、前から…映画を観た時から好きで、今回、三上博史主演で日本版ミュージカルがあり、それを観たというところです。
ひるます:実は私も映画版のDVDをさしちさんに貸していただきまして…。
さしち:貸しまして(笑)。
ひるます:ありがとうございます。で、さしちさんが映画から入って、日本版ミュージカルをご覧になった…その過程は今回、ARTDEPOのメルマガにエッセイを書いていただいてます。私は私で、ブログでヘドウィグと恋について書き(臨場哲学の辺縁に収録)、それを踏まえて今回、対談ということになりました。
さしち:よろしくお願いします。

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さしちさん

バンド69er'sのライブより。詳しいプロフィールはART DEPOのデテクティブコーナーに掲載。ホームページ「あまのじゃくの巣」も必見。
ひるます:というわけでさっそくですが、さしちさんがこの映画に惹かれるのは、ロックというか、今までさしちさんが追い求めてきた音楽のテイストと合っているし、それは、そうだろうな、という感じはするよね。
さしち:そうですね。自分の好きなジャンルの音楽と同じ匂いを感じる広告を見て、これは観ても損はないかな、そういう気持ちで観ました。それがいまや、私の好きな映画ベスト3に入りますよ。
ひるます:私、あれノンフィクションかと思って観てまして、メイキングを観たらまったくのフィクションだったので、唖然としましたけど(笑)。それだけ音楽部分がよく出来てるというか、普通 にヒットしてておかしくない…。
さしち:おかしくないですね。歌詞の内容とかみると多少ストーリーに偏った部分ありますけど、音も充分イイというか…、私も速攻でサントラを入手してコピーをしたいな、というくらいでしたから。
ひるます:だから、これは明らかに音楽が先だろ、みたいなね。
さしち:そうですそうです。実際そうなんですよ。アメリカでミュージカルというか、私がこないだ観た日本版のミュージカルに近いスタイルで、音楽メインのステージだったわけですよ。それにちょっとストーリーがついている程度。主人公が女装して歌を歌いながら、その合間あいまに、ちょっと昔あった話を語る、みたいな、そういう設定ですね。
ひるます:え、語り?
さしち:曲の間に語りがあって、小さい頃こうで〜こういう人がいたんだよ、みたいな話をしつつ、歌が進んでいくという。
ひるます:あ、そうするとヘドウィグたちの乗った車が交通 事故を起こすとか、そういう「芝居」の部分はないの?
さしち:ないない。ヘドウィグが小さい酒場みたいなステージで歌っていて、その隣の大きいスタジアムでトミーが歌っているって設定なんです。最初から最後まで。
ひるます:なるほどね〜。
さしち:こんなこともあった、あんなこともあったていう話をしながら、最終的にはヘドウィグがその酒場を飛び出していって、トミーのステージに行く…
ひるます:映画だとね、あのラストはちょっと抽象的な感じがしたんだけど。

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これでいいのだ!


さしち:あ、そうするとミュージカルはもっと抽象的ですよ。というか、映画の方がわかりやすいですよ。最後…、本来のままの自分でいいっていう結論じゃないですか、そこは映画じゃないとたぶん分かんないと思いますよ。突然衣装が変わって出てきて、これでいいのだっ!みたいな終わり方で。えっ?ていう感じ。
ひるます:俺は映画でもかなり分かりにくかったけど…。
さしち:お互いがカタワレで正しいんだけれども、それぞれはそれぞれで頑張る…というか、生きていくというそういう表現ですよね。
ひるます:なるほどね、…そのへんから行くと、恋の話ってことに行くんじゃないかと思うけど。
さしち:そうですね。
ひるます:まず、この前、ブログで納得できないと言ったのは、現実問題として「盗作問題」とかあるわけじゃない? お互いに認めるっていっても、ヘドウィグはそれでいいとして、トミーはそれで認められるのかよ、みたいな。
さしち:でも結果的には認められちゃってるわけですし…。二人で作った曲ってことは、ひとり一人にその曲を使っていい権利というのはあると言えばある、と。それぞれに違うステージで同じ曲を歌ってても、結果 的にトミーの方が売れたわけですよね。で、大きくなってしまって、ヘドウィグは「私の曲を使って…」と。
ひるます:じゃあれは盗作じゃないんだ?
さしち:私からすると盗作とは言えないと思いますけどね。
ひるます:映画だと完全に盗作として描かれてるんじゃ?
さしち:それはそうヘドウィグが訴えてるわけで、「一緒に作ったのに、一人で作ったような顔して」というところを嫉妬してるというか。
ひるます:一緒に作ってんの? ヘドウィグが全部手ほどきしてやって…という感じに見えたけどね。
さしち:最初はそうですね。で、二人で一緒にやり始めて、楽しかった時期があって、…一番幸せな時間は二人で作ってたってことなんじゃないですか。
ひるます:じゃそれはそれで納得がいく設定なのね…。ふ〜ん、そこが俺は違うんだが…。
さしち:ただあの映画で、二人で交通事故を起こした時、トミーが「俺はあの女は知らない」としらばっくれる?、そっちの方が問題じゃないですか。
ひるます:ああ〜。で、しらばっくれといて「認める」と言ってもさ、「なんだこのヤロー」っていうかさ。
さしち:勝手な(笑)。…でもトミーはその「勝手」な設定なんじゃないかと思うですよね。
ひるます:なるほど〜、ズルイ奴?
さしち:ええ。ヘドウィグがアルバイトしに行った家の息子だったわけじゃないですか。そこでボンボンのような甘ったれな生活してる少年が、ヘドウィグの手で、染められるというか触発されるわけじゃないですか。そこで仲良くなって近づいて、女だと信じて触ってみたら女じゃなかった、で、逃げちゃう。そこも勝手な性格が出てます。
ひるます:そうだよね。気づくだろう?!みたいな(笑)
さしち:(爆)気づかなかったんでしょうけどね。
ひるます:そこがおかしい。
さしち:それだけヘドウィグがキレイだったってことですよ。女っぽいというか。
ひるます:ま、あのシーンはずっとキレイだったけどね。

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愛の起源…「オリジン・オブ・ラブ」

さしち:あの、ヘドウィグの、子ども時代のトラウマにとらわれてたりとか、行動とか見てると、すごい女っぽいな、と思うんですよね。感情的だったりとか…。もとは男なわけじゃないですか、そうすると基本は男、でも「自分は女なの」って思い込んでいる思考回路になっていると思ったんですよ。結構、女なんですよ。だからすごい女っぽいと思いましたよ、設定として。
ひるます:「女とは何か」ってことなんですけど。
さしち:女の人って、なんていうか、感情的じゃないですか。
ひるます:ヒステリーというか?(注:ここでいうヒステリーは精神分析的意味合いでの用法。くわしくは「臨場哲学」75号等を参照あれ)
さしち:自分の感情に振り回されるじゃない、そういう部分はヘドウィグにはすごいたくさんある。自分の父親に犯され、母親に捨てられて、性転換手術に失敗して、どっちでもない状態になっちゃってるじゃないですか。男でも女でもなく。中途半端な自分の性別 を抱えたまま、子どもの頃母親に聞いた「愛の起源」についての話をずっと引きずっているわけですよね。  
ひるます:あ、あれはお母さんに聞いた話なの?
さしち:母親が昔世界は…っていう話をして…、手が四本、足が四本ある人間が転がって歩いてたと。それが神様の怒りにふれて二つに分けられちゃったから、人は自分のもう一人を探してるんだよ、って話はお母さんがしてくれてるわけで…それをずっとかかえているわけですよ。で、その昔の二人の人間が合体した状態ってのは、男と女のペア、男と男のペア、女と女のペアの三種類がいるって話じゃないですか。でもヘドウィグは男でも女でもなくなってしまったわけですよね。そこで、じゃ自分のカタワレはいったいどこにいるのか? 自分はその三種類のどれでもないんじゃないか、それにずっととらわれたまま、トミーを追いかけていく。
ひるます:でもトミーでいいんだから、とらわれているっていうか…。
さしち:結果的にトミーでいいってことだと思います。けど、自分の昔くっついていたもう一人を探すのが「愛」で、ヘドウィグはそれを一つに戻そうとしてたわけで…それは戻る必要がないんだって終わり方なわけです。
ひるます:うん、それは解るんだけどさ、それはお母さんから聞いた話にとらわれてるってことなのかな? ようするにお母さんからその話を聞かなくても、恋愛一般 にね、そういうもん(カタワレを求めるもん)じゃないの?
さしち:求め方、ですよね。一つに、完全な融合をしたいという気持ちなのか、どうか、じゃないですか?
ひるます:う〜ん、だから一般的に、恋のあり方としてね、そういうもんになっちゃうんじゃない。
さしち:はあ、まあそうですね。その抽象的なイメージになるんじゃない? お母さんの話ってのは。
ひるます:うん、それは分かる。象徴というかね。でね、それに関してね、もう一個、この映画の最後が納得できないのが、そういう恋をしているのであれば、そのままでいいと言われて、それでいいのかよ!っていうか。それで決着がつくのかっていうか。
さしち:結局、ヘドウィグがトミーを追い続けて、相手に冷たくされたりして、自分に目覚めた後、とにかく追い続ける事はやめた、のかなと…。自分は自分なりに頑張る、向こうは向こうなりに頑張って、いい関係になれたらいいな、ぐらいのオチだと思ったんですけど。ミュージシャンとしても人間としても、それぞれがそれぞれの道を生きてて、お互いがよく相手を支えあえればってことになったんじゃないかな。それまではヘドウィグはトミーにすごくすがってたというか、求めすぎてたというか。…それが恋かな、と。「恋」と「愛」は違うという場合の「恋」の方。求めて求めて求めて、という。
ひるます:そうだね。
さしち:恋ってそういう感じかな、と思うんですけど。自分を省みずに外へ求めていくというか。身勝手な思い上がりみたいなとこあるじゃないですか。それがまた楽しいとこなんですけど。
ひるます:楽しい?
さしち:楽しくないですか? こないだ仕事場の人たちと話したりしたんだけど、恋みたいな心が勝手に舞い躍るみたいな状況って楽しいよね、って。そわそわするというか、心を持ってかれちゃってるというか。
ひるます:そう、恋というのは、自分が「恋そう」と思って恋するわけじゃないじゃない? 自動的になっちゃう、オートマチックな現象なんで…。それでさっき、母親にとらわれてるからじゃなくて「恋はそういうもん」じゃないかって言ったわけ。で(ヘドウィグでは最終的にそれが否定されるけど)今は、それも悪いもんじゃない、と。…楽しめれば。
さしち:そうですね。
ひるます:で、今、どうなんですかね? 楽しんでる…?
さしち:誰が?(笑)
ひるます:(笑)さしちさん。
さしち:恋を? ちょっとブログに書いてみたんですけど、自分の中の擬似恋愛を設定してるわけですよ、私は。いろんな人に恋をしてる設定にして楽しんでたわけです。で、自分の中で勝手に恋を設定している人に会った時に、向こうは実際はそういう気持ちになってないわけですから、何か自分が思ってるより冷たい対応があったとすると、そこで失恋気分を味わうわけですよ。それがまたすごい新鮮で…恋をするってことは、失恋もつきものだよな、と気づいたわけですよ。ほんとに辛いということはないんですけど、新鮮な気持ちになりましたね。
ひるます:それは…、アーティストとしてはとても重要な感覚かな。たとえば作詞作曲のね。
さしち:でも、世の中でラブソングが売れるということには私はすごく否定的なんですよ。自分でラブソングを書きたくないんですよ。失恋の話も、幸せでハッピーな話も好きじゃないんです。

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69er's

ひるます:でもラブラブじゃない?、69er's。
さしち:あれはラブラブじゃないですよ。今ある曲はベースとボーカルをやってるヒロさんが作った曲で、今は二人で新曲も作ったりしてますけど、…ヒロさんに意図を聞いたんですよ。あの曲はどうしてあんなにストレートなの?、もう少し含みのある表現をしないの?、彼いわく、お客様に対して直球の求愛行為なんだと。ハッピーかどうかは、わかんない。告白なんですよ。 
ひるます:でもそれはラブソングじゃない(笑)
さしち:はあ、ラブソングね〜。でも恋愛がメインで、男女がじわじわ近づいていく様子とか、ハッピーエンドで涙とか、あとはうまくいかないとか片方死んじゃったとか、恋愛の美しいようなことをメインしたストーリーにはしたくない。69er'sの場合は、私の場合はエロス的なところを楽しんでる。「こんなことをみんなステージで出来る?」みたいな。
ひるます:で、今、擬似恋愛を楽しみつつ、いろいろな感情を…。
さしち:思い出している。結婚して…。
ひるます:あ、結婚されてる?
さしち:(笑)してるんですけど。結婚した後って、そういうことが身の回りにおきにくくなるわけじゃないですか。そうすると、忘れてたこととか。
ひるます:あ、そういう意味ね。忘れてたものを思い出しつつ…楽しみたいな、と。会社帰りにちょっと彼氏と酒でも飲んで(笑)…って感じ?
さしち:いや、もう勝手にひとりで頭の中で、妄想を膨らませて満足してるというか。実際、自分が結婚していなかったら、また違う形なんでしょうけど。
ひるます:それはあれかな、ダンナとの間がうまくいってる…からこそ。
さしち:うまく行ってなかったら、危険ですよね(笑)。
ひるます:危険だよね。そこらへんのバランスは…?
さしち:いちおう頭では理解した上で、と思ってます。
ひるます:なるほどね………いかんな。
さしち:いかんですか? いかんっていうのは?
ひるます:いかんというのはね、私、ヘドウィグに関してもね、恋愛感情だけ、というか、恋着だよね、単にくっつきゃいいというのはよくない、という言い方をしているけど(前出「臨場哲学の辺縁」参照)、それはものすごく大事だとも思ってる。そうするとね、それがいつマジになるかわかんないよね。
さしち:ああ〜。
ひるます:というかね、俺的には、それはむしろマジであるべきだ、と思うわけよ。…やるなら。
さしち:(爆)マジねえ。
ひるます:そうしないとね、なんかニセモノの感情を生きることになっちゃう。
さしち:そうなっちゃいますよね。でもマジになって失うものが大きいのもヤじゃないですか。
ひるます:いや…俺は…そうでもない。
さしち:(笑)たとえばこの前、その仕事場の人と話してたのは、結婚して10年、20年たっていったときに、最初もってた気持ちが、8割くらいになった時に、その2割をどう埋めるか?という話になって、それは家庭の外にその2割が満たされるものが何かあるとしたら、そちらに走ってしまうのは止めようがないことなんじゃない。たとえば愛人であるとか、ギャンブルであるとか、お酒であるとか…いろんなことがあると思うんですけど。でもその2割を外で埋めることができるとしたら、家庭内に持ち込むストレスも減って、結果 的に家庭もうまくいくんじゃないか、という話をしました。
ひるます:それは家庭だからね。ファミリー。夫婦とは違う。(カルチャーレビュー掲載の「伊丹堂のコトワリ」参照)
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ヘドウィグの話は…?


さしち:でも奥さんに対して自分のストレスをぶつけられない時に、それをぶつけずに済む方法、それを外にもっているというのはある意味大事なんじゃないかと。
ひるます:ようするに、その場合大事にされてるのは、家庭という社会のコマなんであってね、そこで家庭は大事にされてるけど、二人の「愛」の問題はもう何もないんじゃないか、ってことになるよね。
さしち:う〜ん、でも外でストレスの発散の場を持たずに、100%の状態で一生すごせるというのは、奇跡じゃないですか。
ひるます:奇跡を「愛」と呼んでいるんだけど。どうせ生まれてきた身ならば、ひとつ愛というのがあるのかどうかというのを見てみたいな。
さしち:愛に向かっているんですか。
ひるます:僕は愛の戦士ですから。
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愛の戦士…?

さしち:戦ってますか? その愛の戦士としての武勇伝が何かあったら聞かせてくださいよ。
ひるます:武勇伝(笑)それはちょっと…また日を改めて。…だからたとえばね、ギャンブルとかなんとかで外で夫は遊んでると、で帰ってきて家庭に金も入れるし問題なく過ごしている状態、それが1パターンね。もう一つは外に女がいて、遊んできて家庭に波風がたたない…、それはまた全然違うと思うんだけど(笑)、そういうことにもなるじゃない? それはどうなの?
さしち:ギャンブルと女の違い?…それを私がどっちの立場で考えるんだろう? 男と同じ立場として、私が外に男を作ることを想像するのか、それとも奥さんの立場でダンナが外で女をつくってることを想像するのか…、両方考えるんですけど。
ひるます:いや、どっちもありうるからね。
さしち:ええ、ありうるわけですよ。それを想像して……。でも、自分が100%、ダンナさんを埋めてあげられるとも思ってないんですよ。
ひるます:埋めてあげられる…?
さしち:相手にとって自分が100%の人間かっていったら、そうじゃないって方が大きいんで、…そうなると…。
ひるます:いや、でもそれはそれこそさ、カタワレじゃないんだからね、当然のことじゃない。
さしち:ですよね。
ひるます:っていうふうに、常に関連づけて考えないといけない。
さしち:(笑)
ひるます:でしょ。ってことは、そんなことは考える必要がない…、相手にとって100パーじゃないのは当然で、それでも相手を愛して、相手の幸せが一番、でもそこに自分もいるっていう関係が「愛」なんだけど、そういうふうに突き進んでいけるかどうか?
さしち:…え?、それを今わたしがそうしてるかどうか、ですか?…どうでしょう?
ひるます:いや、そういう問いじゃなかったんだけど(笑)
さしち:違うんですか?
ひるます:いや今他の人がどう考えてるって話から、自分のことを想定するとどうなの?って突っ込んでみたら、躊躇があったから、なんていうの?、まだダンナと死ぬ までみたいな感じじゃないのかな、と。
さしち:でも、なんていうんでしょうね。…一緒に暮らしていけるのはあの人(ダンナ)しかいないな、という感じはあるんですよ。暮らしていくって感覚。暮らしていくのは他の人では無理だな、というのは常々思います。
ひるます:ようするに…うまくいってると。
さしち:うまくはいってると思いますよ。幸せそうにみえないかもしれないけど。
ひるます:幸せ…そうだよ。
さしち:あれ?(笑)、ならいいんですけど。
ひるます:つていうか、普通からみてうらやましいとは思うんじゃない? 結婚しててもバンドも自由にできて、うるさくもないみたいな。それだけでも。
さしち:言われてはいますよ、帰りが遅いとか、休みの日にいないとか。
ひるます:あ、ホント。
さしち:言われてますけど、私がたとえばバンドをやめて家にずっとすればいいの?っていう話になるじゃないですか。それで、私がまったくサビ付いてしまっていいの?、それもよくない、と。じゃどっちかって言ったら、外にいかせてほしい、と。
ひるます:で、納得してる…、そこがね、普通 は納得しないよね。外にいかなきゃサビつくじゃなくて、ここで家にいてもサビつくなよ!と矛盾したことを突きつけてくるのが、世の男子諸君かな。
さしち:そうですか。そういう人とは一緒に暮らせないですね。そしたら最初から選ばないですね。
ひるます:そういう意味では、ね、人がうらやむ話ではあるわけだけどね…ま、だから擬似恋愛がマジになる場合に、夫婦の間がどうなるのかなってことを聞こうと思ったんだけど。
さしち:それはママゴトなんですよ、私の中で。
ひるます:それでいいのか。
さしち:まあ本質じゃないかもしれないんですけど、心を舞い上がらせる行為として、妄想の世界で、楽しんで、失恋も味わって…。出来る限りのことをしたいなぁって感じ。表現していく自分の中のエネルギーを作るというか…たとえば、結婚したから、他の男の人とは絶対ナイ、みたいになってしまっても、ある意味、人間的な部分が足りなくなってくるかな、とか。
ひるます:そうなのか?
さしち:いろんな感情を持ち続けたい、という…。
ひるます:いや、感情ですめばいいんだけどね。恋っていうのはね、やっぱ違うからね。たとえば、カタワレと一つになる…それが恋だよね。たとえば、ヘドウィグは手術しなおさないのかな?
さしち:手術しても戻らないんじゃない?
ひるます:戻らないっていうか、残った何インチかをとっちゃえばいいわけでしょ?
さしち:ああ、最初の目的はそうですよね。それを残したまんまでいることに意味があるのか?と。もし取ってキレイになってたら、トミーとうまく行ってたかも?…まあそれは物語ですからね。
ひるます:うん。ま、だから今後生きていく上では、そういうモノとして、恋愛していくという設定なわけじゃない。
さしち:1インチ残ってても、…合体できないですよね。どっちとも。
ひるます:そうそうそうそう。
さしち:男どおしのネコにならないと。
ひるます:ま、女どおしでもありうるわけだから、それはそれでいいんだよねっていうかね、基本的にはくっつけばいいんだよね。  
さしち:くっつけばいいんですかね?、密着?
ひるます:ようするに、エロスの意味合いが細胞レベルの融合にある(臨場哲学通 信「恋と宿命」参照)というのは、別にアソコじゃなくても、くっついてればいいんだけど…。
さしち:ただ凹凸がはまってるだけですもんね。
ひるます:でね、何が言いたいかっていうと、最低、そこまではいくわけよ。恋の場合。
さしち:抱き合うんですか。…かたく抱きあう。最低そこまで行く(笑)。男どうしだろうと、女どうしだろうと、どんな状態だろうと、相手を思う気持ちから、かたく抱きあう…それは誰にもあることですね。
ひるます:だからまあ、男がどうとか女がどうとかは気にしないんだけど、それとは別 に「恋」ということは考えられて、それはそういうことなわけよね。すると擬似的にいってても、結局……、そこがポイントかな。
さしち:そこまでたどりつかないですね。

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ひるます:ダンナには恋愛感情あるの?
さしち:舞い上がる部分はないですよね…、ただもう自分の後半分が相手みたいな気持ちなんですよ。
ひるます:それは「空気」みたいな(笑)。
さしち:空気ではないですけど、…なんていうんでしようね、背中合わせで、寄りかかりあってて、安心して寄りかかってるっていうか。で、ちゃんといるのが分かってて、すべてまかせてるし、相手がしたことを自分が責任とることもできるし、っていう…なんですけど。
ひるます:なかなか、そういう夫婦はいないね。
さしち:向こうがそう思っているか知らないですけど。そういうもんかなと思ってる…。
ひるます:すばらしい。
さしち:そうですか? 結婚する前に、相手がしたどうしようもないことを、自分が責任とれるかどうかっていうところが、一緒に暮らしていけるかいけないかの境目だと思ってんで、そこ基準で人みてましたけどね。
ひるます:へぇ〜。それは…いま初めて聞いた「基準」だけど、そういうもんかな、と思いますね。
さしち:一緒に暮らすってのは、そういうことだという考え方で。
ひるます:なるほどね。…ところで、さしちの求める音楽って何?
さしち:人間なんですよ、人間。男とか女じゃなくて、人間として求めてるっていうか。だから、スイートなラブソングとかはあんまり。その前に人として自分がどうなんだ?って事が大きいですね。自分の人間としての成長があれば、それはイコール周りからみても魅力的な人間になりうるわけだし。そうすれば、男女問わず、愛される人間になるじゃない、そうなりたい、と。
ひるます:それがめざす…ミュージシャンとしての…  
さしち:小さいときのトラウマで愛に飢えているわけですよ、みんなそうだと思うんですけど。いろんな人にチヤホヤしてほしいっていう気持ちもあって、それがきっかけなんですよ、音楽の。
ひるます:はあ。
さしち:自分が人間として魅力的な存在になりたいから、いろんなことをがんばって生きてるわけで、それをステージで、私は今こういう状態ですっていうことを見てもらって、それでみんながそれを喜んでくれたり、よかったよって言ってくれると幸せ…。そういう感じですね、音楽活動。
ひるます:なるほどね、精神的に安定してますよね。
さしち:安定…。…あの、23歳くらいから、自分でも安定した時期になったなってのはあります。
ひるます:23から?
さしち:それまでは、もっと成長したい、もっと成長したいけどうまくいかないっていう、イライラがすごくあった時期で、いろんなことを考えても答えがでなかったりとか、それに…それは自分がダメな人間なんだって思いがあって。非常に、暗い時期でした。高校二年くらいから、23までは。ダメだダメだと、何考えても何やってもダメだ、うまくいかない。自分は自分じゃないみたいな。自分個人がどういう存在なのかが見えないという状況で、ひたすらもがいてたんですけど。
ひるます:なるほど。
さしち:23で何かふっきれて、あ、これでいいんだぁ〜みたいな。そこからもう超楽観主義になって、もう自分がなんか失敗しようが、下手だろうが、それは自分だからしょうがないわ、と気持ちが楽になって。そしたらいろんなことがプラスの方向に動き出して。
ひるます:だから…ヘドウィグはその「転換点」みたいな物語なんだよね。
さしち:でしょうね。
ひるます:その転換点っていうのはどういう?
さしち:私の転換点ですか?、私のきっかけは失恋だったんです。変な話ですけど、彼氏がいて別 れてまた違う人と付き合ったりってのを繰り返していて、で、たいていの場合、私がいやになって分かれてたんです。それまでは。23の時は、はじめてふられたんです。付き合ってる人に。それで何かふっきれたというか。すごいショックだったんですけど。そのショックから立ち直ったときに、自分を個人として見れたというか。
ひるます:うんうん。
さしち:それまではあの、彼氏に依存するタイプだったんですよ、非常に。なんかもう、保護者として、彼氏になってほしいと求めてたというか。子どもの時のトラウマから、自分に親がほしいという気持ちがすごくあったんで、彼氏にはその親役を求めちゃってたんです。で、相手はそれに対応しきれないので、それが分かった時点で、私がこの人じゃダメだと言ってふってたんですけど、すごい勝手な話で…。で、それに気づかされたというか、そのときの失恋は。
ひるます:じゃ、…そのまんまじゃん。ヘドウィグ、ね。
さしち:ですね…。
ひるます:だから、やっぱトミーはふってんだよね、あれ。で、しょうもない奴としてふってんの。だよね。
さしち:そうなんでしょうね。俺には答えられない、っていうふり方ですよね。
ひるます:そうだよね。
さしち:つながりましたね(笑)。
ひるます:ん〜、同じだよ。そうすると、ヘドウィグの場合は保護者を求めるっていうより、相手に対する恋着なのね、でも実は保護してもらいたい…という。そういうところに遡る作品だった、って感じなんじゃないですか。
さしち:遡りますね。それでまた、ヘドウィグが愛らしい存在になったり。見えてないというか、最終的に気づくわけですけど、気づく前の見えてない状況も、それもまた人間らしいというか、不器用さというか、そこは非常にいいんですよね。
ひるます:いや〜、いまやっと、さしちさんの人生経験を聞いたことで、この作品の深さが理解できた気がします。
さしち:そうですか。ヘドウィグの紆余曲折がすごく人間的に見えるので、それが非常に、ひっぱられましたね。で音楽もよくて…。
ひるます:だからね…、さしちさん何をそんな達観して生きてるのかな、と思ってましたけどね。
さしち:(爆)達観してるように見えます? あ、そうですか。
ひるます:私、まだもがいてる途中なので、なかなかこういう作品を達観してみることは出来ないですね。
さしち:もがいてるんですか? もがいてる姿は美しいですよ。ちゃんと手を伸ばしていれば。
ひるます:手をのばす?
さしち:もがいて、何かを求めるとか、達観した自分になりたくてがんばってるわけじゃないですか。手をのばして何かをつかみとろうとしてる、その手をのばしてる様は美しいものなんです。そこが私は好きなんですね。いろんな人の…、もがいてる姿というか、うまくいってないけど、どうにかしたいと思ってる人は愛すべき人ですよね。人間じゃないですか。手をのばすのをやめてしまった人は魅力的じゃないです。
ひるます:教え諭された気がします。今日はありがとうございました。


2004年06月05日 07:42 by hirumas | トラックバック (0)

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